木村 謙児さん(八幡浜市)

──こちらは2013年4月にグランドオープンした「八幡浜みなっと」。八幡浜の魅力が詰まった新たな観光スポットです。本日はその中のひとつ、「みなと交流館」へお邪魔しました。お話を伺うのは、道の駅・みなとオアシス「八幡浜みなっと」駅長、「みなと交流館」館長の木村さんです。

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八幡浜みなっと

──簡単に「八幡浜みなっと」の説明を・・・。

「八幡浜みなっと」には複数の施設「みなと交流館」「どーや市場」「アゴラマルシェ」が同じ敷地内にあり、「道の駅」と「みなとオアシス」に登録されていて、2013年4月にオープンしました。

観光案内所、ホール・会議室の貸し館業務、施設管理(緑地公園・駐車場など)、イベント企画、そして地域活性化を含めた中間支援、この5つが「みなと交流館」の仕事です。

──こちらができたのが2013年4月ということですが、それまでは何をなさっていたんですか?

それまでは民間の企業に35年間勤めていました。

──では会社を退職してまで・・・何故ですか?

そうですよね(笑)。一番聞きたいですよね。
とはいえ、企業にはいたんですけど、当初八幡浜港の振興事業がスタートする前から、まちづくりの関係でお手伝いをしていて、その後「八幡浜港みなとまちづくり協議会」の設立直後よりワーキンググループのリーダーをしていました。

そんな港との関わりと、もうひとつ、仕事以外にボランティアもずっとしていました。そのボランティアの世界も高齢化等の問題もあり、中間支援というカタチでネットワークを組んだり連携したりと活動していました。

そんな中、「みなと交流館」の指定管理者の募集もあり、現在、私たちの組織は「NPO法人 港まちづくり⼋幡浜」なんですが、もともとの「八幡浜港みなとまちづくり協議会」からきっちりやれるように2012年11月にNPO法人化しました。そして指定管理が決まったのが2013年1月なんですよ。そしてオープンが4月。

主力スタッフの一人が構成団体「YGP(八幡浜元気プロジェクト)」から来ているんですが、30歳です。彼も務めていた会社を退職して。かといって、ここは指定管理なので契約は3年。3年以後の保証は何も無いんです。

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──えー!!

何も無いんです。でもずっと携わってきたまちづくりやボランティアなども含めて、地域の中で若い人たちにつないで、街が元気になるために一汗かこうか、って思って。そして一緒にやっていく若い人たちも一緒にその決意を、ね。

──ご家族とか、反対されませんでした?

結論を出す上ではいろんなことがあったんですけど、勤め先も理解をしてもらった上で。そこの思いを含めて、ここに懸けようと。

──強いお気持ちですね。生まれも育ちも八幡浜なんですか?

いえ、生まれは伊方町。高校は八幡浜で、大学4年間は大阪に出て、就職で八幡浜に戻ってきました。それからずっとです。

──まちづくり活動を始めたきっかけを教えてください。

もともとボランティアを40何年としてきました。子どもたちとキャンプをしたり子ども会をしたり、障がい者や高齢者のボランティアも。ただ、それぞれのボランティア団体の現況をみていると、会員さんにしても資金にしても個々の団体ではなかなか難しいなって思って、25年くらい前にボランティア団体のネットワークが必要と連絡協議会を立ち上げ・・・そんなことをずっとやってきました。

──今はその活動は?

今はこちらの仕事ばっかりですね。
「駅弁」「空弁」と同じように盛り上げていこうと少し前に「港弁」を立ち上げたり、YGPもいろんなプロジェクトをやってますね。若い彼らの発想のイベント企画も随時取り入れてます。

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──昔からまちづくりやボランティアなど積極的にされていたのですか?

高校時代くらいから。時代も変わるし、私が社会人になったころにそんなことしてたら、よくも悪くも、「好きやの〜、ようやるの〜」って言われて。
こうして続けていると、世の中も見方も変わってくるし、自分の中でもやってよかった、やらせてもらってありがたいと思います。
今は知り合いから、「職場も変わって大変そうやけど、生き生きしとるしよかったな」って。(笑)

それに会社に入る前からボランティア活動をしていて、日曜日のたびに出ていたので、会社もあきらめてたのかもしれまんせんね。

──本当に理解のある会社だったんですね。

そんなのもふまえて、若い世代につないでいく、紡いでいくこと、おこがましいけどそんな役割を担えるのなら、転職もありかなと。この「みなっと」という場所も、八幡浜の今後を考えたときに核になる集まる場所ができるチャンスかなって思って。

──こちらで働いている方は何人いらっしゃるんですか?

スタッフ4人と障がい者の方が1人。ボランティアをしていたときの関係で、展示やポップをつくるのが得意なので、「一緒にやろうや」って。
観光情報案内をしたり、まちづくりやイベント、各団体の中間支援など5人で手分けして。

──たった5人で、大変ですね。お休みはありますか?

私はほとんど休んでいません。「みなと交流館」が朝9時から夜は9時30分まで開いているので、夜は交代で。もちろん若い子には休んでもらってますが、1年目だから色々みておきたいのが本音です。

12月29日から1月3日は交流館がお休みですが、アゴラマルシェは年中無休。年末年始も施設が動いているのとトイレ管理もありますので、出勤する予定です。

──こういった経営も初めてなんですよね?

初めてですね。民間の会社にいたので、初めてとはいえ年齢も58歳ですからまあ、いろんな経験もあるし35年の間に個人的なネットワークも。ありがたいことに、何かあったら声かけてねっていう同級生や仲間がいますしね。

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──各施設はよくまわられるんですか?

もちろん気になるし、どーや市場は朝市のお手伝いをしてたころからのお付き合い。毎月1回第2日曜日にこの施設ができる前にやってたんですよ。そこで仕事が休みの日曜日にその仕組みだとか、松山や九州の臼杵(うすき)から来ていただくツアーの仕組みだとか、社会実験をしてみたり。

──「どーや市場」は見るだけでも楽しいですね。

魚の種類が豊富で、シーズンによっても種類が違いますし、天気によっても揚がる魚が違います。日によっては「開店休業や〜」っていう時もありますが。

やっぱり八幡浜としてはどーや市場を売り出したいし、こちらはそれをどうサポートできるかということで海鮮バーベキューをしたり、お客さんに喜んでもらえるための仕組みを考えたり。

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どーや市場

継続するための仕掛けというか、常に中で工夫したり直接声を聞くため、月に一度、各施設と八幡浜市の関係者と報告を兼ねた打ち合わせ会をやっています。
ある意味よくも悪くも寄り合い所帯なんです。違う所が3つあるけど、仲良く連携とらないと。街の顔になる意識を持って、お互い協力していこうって。見る人、来られる人にとって「みなっと」はひとつですから。雰囲気が醸し出すものとして円滑になってないとね。居心地がいいなって場所にしたいんですよ、せっかくのロケーションだし。

──今日は天気が悪いのですが、季節的にはいつがおすすめですか?

海というロケーション、みかんの段々畑・・・春はみかんの花が咲いてよい香りがします。夏は海、あとみかんの時期。冬はちょっと寒いですが、いいですよ、ほんと。

──九州からもたくさん来てほしいですね。

そうですね。もともとフェリーの乗り降りがあるのに人が素通りしているという状況をまちの活性化につなげたい思いが先にありまして。
でも、どうしたら人が集う場所になるのか、研修会をしたり学びの場をもって取り組んできました。

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──できあがってどうですか?

初年度は新しいので来ていただいたのもあるんですが、次のリピーターを含めていろんなことを考えています。
街全体を考えていくと、ここから人が出かけられるようにレンタサイクルをやってみたり、ツアーもここと中心市街地をまわる街歩きをしたり、保内へのアクセスも試験的にやってみたりします。

──八幡浜のおすすめ観光スポットを教えてください。

文化情報だと日土小学校だとか梅之堂三尊仏、諏訪崎、地域によってはコスモス、真穴の座敷雛、五反田柱祭りとか・・・。
ただ見どころが点在してるので、つなげていく仕組みをつくらないと。
また、八幡浜って大きな空襲にあってないので街が焼けてないんですよ。明治の町並みや建築物、「伊予の大阪」と言われるほど栄えた時期もあるので、かつて先輩達があきらめないまちづくりをしてきたことの思いだとかも継承して行こうと思います。

イベントにしても、定着するものの柱造りをしていきたいなと思っています。かつてあった朝市や、商店街で八日市をしているので継続できるような「そこにいけば何かある」みたいなものを作りたい。

──この「みなっと」と中心部は近いのですよね?

八幡浜港〜みなっと〜八幡浜駅のバス定期便もできました。もちろん自転車でも行ける距離だし、天気がよければ歩いても苦にならない。
そういう人が市内に流れて行けるように八幡浜グルメスタンプラリー(ちゃんぽん他)を実施しています。もともと商店街は駐車スペースが少ないんで。

──先ほど、アゴラマルシェでランチをしたのですが、大盛況ですね。

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アゴラマルシェ

平日も朝11時から昼2時くらいまでは多いですし、土日祝日は終日賑わっています。
土曜の夜9時までオープンしている「夜カフェ」には女性の方がお茶をしに来られますよ。当初は午後6時までだったんですが、みなさんの声を聞いて、すぐ実行されました。
声が出るっていうことは関心を持っていただいているってわけで、できることはすぐやるし、少し時間のかかることはきちっと聴くことでお客様に返して行こうって思います。

──大変ですね。

やりがいもあるし、変わっていくって実感できるじゃないですか。だから時間かけないと。中間支援なんかはまだまだです。
急がば回れじゃないけど、きちっと積み重ねて、2年3年経って、「あ、街が元気になったね」って、地元の人や団体が元気になれるよう種まきしながら。

──次につながるといいですね。

もちろん、一つの区切りとして3年間、そして継続に向けて。私なんか57歳で退職して3年後は60歳。企業でいうと定年の年ですが私の役割として、若いスタッフのために次もできればって思いです。
「みなと交流館」も異なる二つの団体が共同で指定管理を受けてやってますが、合い言葉は「Love Yawatahama」。いろんなことがありますが、八幡浜が良くなるために八幡浜が好きだよねっていう思いでやっています。

──では最後にこのホームページを見ていただいている方にメッセージをお願いします。

「みなっと」に来ていただくと、自然や景観も含めて、安らぎもあるし楽しみもあるので、ぜひ来てや。

──お忙しい中、どうもありがとうございました。(この日は他にTVの取材もあったそうです!)

はい、ありがとうございました。

──真摯に答ていただく中、終始すてきな笑顔でお話ししていただき、本当にありがとうございました。

木村 謙児さん(八幡浜市)

道の駅・みなとオアシス「八幡浜みなっと」駅長

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