プロフィール

とみなが・まさのりさん

 昭和50年生まれ。愛媛県上浮穴郡小田町(現・喜多郡内子町)出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。平成12年『ドルメン』がドイツ・オーバーハウゼン国際短編映画祭で審査員奨励賞を受賞。平成14年に『VICUNAS/ビクーニャ』で水戸短編映像祭グランプリを受賞する。連作の『亀虫』シリーズは多数のアーティストの間で注目されファンも多く、広州国際映画祭など海外の映画祭でも絶賛された。自作映画の小説化や、ミュージシャン菊地成孔氏の『京マチ子の夜』のプロモーションビデオを手掛けるなど幅広い活動を見せる。

撮 影 風 景
(C)2006 パビリオン山椒魚パートナーズ
「パビリオン山椒魚」の舞台あいさつ

 映画監督になろうと思ったきっかけは、大学(日本大学芸術学部映画学科)に入ったのがきっかけです。中学や高校時代から映画は好きでよく観ていましたが、監督になりたいとまでは思っていませんでした。影響を受けた作品や尊敬する監督はもちろんたくさんいますが、それよりも大学の四年間で授業や課題をこなしていくうちに、だんだんと監督になりたいという気持ちになっていました。

 大学ではグループに分かれて映画を作るんですが、初めて自分が監督して撮ったのは三年生の時です。課題で「なんか撮ってこい」と言われて嫌々撮りましたから、まだ作品と呼べるレベルじゃありませんでした。ですが仲間で協力して作品を作るのは楽しかったですよ。一年卒業が遅れた仲間のために、みんな就職しないでいつでも動けるように体を空けておいて、彼の卒業制作を手伝ったことはいい想い出です。

 卒業制作で作った『ドルメン』が実質上のデビュー作といえると思います。これが2000年にドイツのオーバーハウゼン国際短編映画祭で審査員奨励賞をいただきました。賞を貰えたことが監督としてやっていく決め手になったわけではないですが、次にもう一本作ってみようか、というやる気が湧きましたね。そうやって次に作った『VICUNAS/ビクーニャ』は二〇〇二年の水戸短編映像祭で賞をいただくことができました。

 『ドルメン』、『ビクーニャ』と賞が二つ続いたこともありますが、国内で貰った賞の方がやはり影響が大きかったです。ドイツの映画祭なんて一般の人は誰も知らなくて…それに水戸の映画祭は受賞した作品を東京の映画館で上映してくれるんです。賞自体というよりも賞を頂いたことで上映して観てもらえる、そこで初めて観客と出会ったわけです。映画館で一定期間上映して観客に観てもらえるという経験は初めてでしたし、また次を作ろうという意欲に繋がっていきました。そういう意味で水戸短編映像祭での受賞はとても意味のあることだったと思います。

 グランプリを受賞した際、審査員の青山真治監督や小説家の阿部和重さんから強い激励の言葉をいただいて、今後も映画を撮ってゆこうと決意しました。

 独自の方法やポリシーは人から指摘されてみないとわかりませんが、こだわりは持ってやっています。よく「映画は時代を映す鏡である」と言われることがありますが、ぼく自身は時事性を意識しすぎた作品があまり好きじゃないんですよ。むしろそれを感じさせない、観ていて楽しい映画を撮りたいと思っています。

 だからといって自分のポリシーにそぐわないことは絶対にしないというわけでもありません。映画づくりというのは大勢の人が協力してやることなんで我を通しても先へ進みませんし、楽しくバランスよくやろうと思っています。

 ゆくゆくは長編作品を撮りたいと思っていました。ぼくには得意なジャンルというのがないので、意図せずしてひとつの作品にいろいろな要素が混ざり込んでしまうようです。ただ、『パビリオン山椒魚』で前半と後半のテイストを変えよう、というのはあらかじめ意図していました。

 ラブシーンに山椒魚のキンジローがあぶくでシャボン玉を飛ばす所があるんですが、シャボン玉はキンジローからの祝福と考えていて、思い入れのあるシーンのひとつです。苦労したのは子役ですね。ぼくは子どもが大好きなんですけど、子役の子たちがぼくを警戒するんです。

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 今回はスタッフやキャストをはじめ、監督の希望がほぼ全体に反映されたチームで撮影に臨むことができました。スタッフの大半は学生時代からの友人で、彼らを含む全員がぼくにとって唯一で最良のスタッフです。主演のオダギリジョーさんはプロデューサーから勧められて、まず会ってみようと思っていたらもう出演するつもりでいてくれたので感激しました。まさか彼のような多忙な俳優が自作に出てくれるとは思いませんでしたから正直驚きました。

 今回、映画と同じタイトルの小説も執筆しました。実はもともと小説家志望だったんです。とはいえ最後まで書き上げたことはなかったので楽しんで書かせてもらいました。小説は映画で描かれているより以前の、キンジローを取り巻く人間模様から始まっています。ただ単に文章化しても面白くないので、むしろ映画を台無しにするつもりで書きました。なので映画と一緒に小説も読んで欲しいようなそうでないような、複雑な心境です。

 現在は次回作の制作にとりかかっていて、安彦麻理絵さんの『コンナオトナノオンナノコ』という漫画を原作にした作品の準備を進めています。二十九歳の二人の女性が幸福を求めて右往左往するという作品です。偶然ですが安彦麻理絵さんは古い友人でして、作品に描かれている世界にも親近感を感じたんです。原作がある作品を撮るのは初めてですし、脚本は友人の女性脚本家と一緒に書きました。女性の映画ですから、男だけで書いてはならないと思ったんです。女性が主人公の映画を撮るというのも初めてですから、そういう意味でも新しい挑戦ですね。

 僕の普段の生活は平日と休日の区別がまったくありません。空いている時間には家の掃除や料理をつくったりもするんですが、いつも映画のことを考えてしまいます。料理中にアイデアが浮かんでくることもしばしば。

 あとは音楽が好きです。もっぱら聴くのが専門でぼく自身は何もできませんが。大学時代から九年ほどジャズ喫茶でアルバイトをしているんですけど、仕事が忙しくなっても辞めなかったのは音楽を聴いて着想することが多かったのが理由でしょうね。昔からサントラを聴いて映画を想像するのが好きだったので、それが影響しているのかもしれません。

 ふるさとの小田にいたのは十八歳までですが特別変わった子どもだったわけでもなく、普通の毎日でしたよ。映画は好きでよく観ていましたが、映画監督になろうなんて夢にも思っていませんでした。映画を作る上でふるさとを意識したことはないんですが、自然とにじみ出ているものはあるかもしれませんね。

 今後も作りたいと思ったものを素直に作ってゆきたいと思っています。ぼくの映画は「難解」とか「わからない」とか言われてしまうことが多いんですが、次回作こそは「わかりやすい」映画にしようと思っていますので、機会があればぜひ観て、楽しんでもらいたいと思います。

 もしかしたら将来、撮影で地元に戻ってくることがあるかもしれませんし、そういう時に思い出していただければ嬉しいですね。

( 平成19年3月広域情報誌掲載インタビューより )

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