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プロフィール

高岡 公(たかおか ただし)

昭和23年生まれ。愛媛県大洲市出身。駒澤大学文学部地理学科卒業後は、大学職員として勤務のかたわら、陸上競技部のコーチを務める。ヘッドコーチ、助監督を経て、今年四月より総監督就任。箱根駅伝での過去五年間の成績は優勝4回、準優勝一回で、駒澤大学陸上競技部の黄金時代を築く。現在は大学の総務部総務課長としても多忙を極める毎日。

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 試合直前で最も怖いのは、風邪やけが。その対策として、外出先から帰ったら手を洗いうがいをすること、また外出時は必ず一枚余計に服を着ることを徹底させています。勝因といえば、こうした基本を守らせた上で、日頃の練習をきちんと積み重ねたことくらいでしょうか。今年に関して言えば、最終メンバーの仕上がり具合が完璧だったので、補欠を含めどの選手を使ってもいけるという自信はありました。
 要は当り前のことを当り前にすれば強くなることにつながるわけですが、これが意外とできない。わずかの時間でも「自分は努力した」と確信できることを続けていれば、それが走る際の大きな自信となるんです。ただ、指導者としては選手の気持ち優先ではチームづくりはできない。だから時には叱りとばすし、手をあげることもあります。選手が持つ真の能力を発揮させるためには、厳しさと優しさを使い分ける指導が絶対に必要だと思います。

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 今年の春から駒大陸上競技部の総監督になったのですが、総監督というのはいわば部のコーディネーター的立場とわきまえて、現在は週に一度顔を出す程度。大学職員としての仕事が多忙なせいもありますが、幸い私の下には監督をはじめコーチも数名いますから、現場はほとんど彼らに任せています。
 うちの部訓は「目的が目標を生み、目標が努力を生み、努力が成果を生み、成果が満足を生む」。選手として強くなるために大会優勝という目標を掲げ、それに向かって鍛練すれば、たとえ優勝はできなくてもそれなりの成果が表れ、満足感は必ず得られる。それは普段の生活にも言えることで、部員には「学生の本分はあくまで勉強」と指導しています。中には「駅伝選手の自分は特別」と勘違いする者もいますが、こうした慢心は学生を駄目にする。人生の大半は陸上とは別の力で生きなければならない、そのためにもちゃんと勉強して知識や教養を身につけるべきという方針は、コーチ時代から変わりません。

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 駅伝指導者の道を歩むことになったきっかけは、私自身、競技者として特別な実績もないし、以前から指導者を志していたわけでもありません。自分の運動能力についていえば、中学の駅伝大会で好成績が残せた時、初めて「自分はもしかしたら走るのが得意かも」と思った程度。高校で陸上部を選んだのも第一希望のバレーボール部がなかったからで、大学でも当初は暇つぶしくらいのつもりでした。だから大学一年で箱根駅伝の補欠選手として登録された時は、本当にうれしかったです。
 ところがその矢先にけがをしてしまい、以来思うように走れなくなった。一度は退部も決意しましたが、監督からの勧めもあって練習しながらマネージャーとして陸上を続けました。これが結果的には今の私の原点になったわけで、思わぬところに人生の岐路があったと実感しています。

 昭和61年の箱根駅伝で四位に入った時はうれしさのあまり大泣きしたんですが、その頃内心は「うちのチーム力ならシード権さえとれればいい」と思っていました。しかしそんな考えではいつまでたっても成長しない、出場する限り頂点を目指さなければ意味がないと気づき、ある時から優勝を目標に掲げました。それには寮の建設や後援会の組織づくり、有望選手の獲得、優秀な指導者の招聘が必要と考え、その費用捻出や環境整備に本気で取り組んだからこそ今があると思っています。

 そして私は「このチームを強くする」という意気込みで、どんな時も部員たちの練習風景を見続けました。すると学生にその気持ちが伝わり、練習でも手を抜かなくなる。指導者の原点とは選手の練習する姿をどれだけ多く見るかであり、それができれば八割はチームづくりが成功と言えると思います。ただ、指導者も人間だから、つい楽な方に流れたり自分の都合を優先したりして、簡単そうで案外できない。今から思えば、私自身もその繰り返しでした。

 今後の目標は、やはり箱根駅伝の優勝。それにはこの夏合宿が重要で、あと半年しかないという構えで練習に臨んでいます。うちの調整パターンは確立されていると自負していますが、今度は四連覇という周囲の期待の重圧もあり、選手の気持ちをどううまく持っていくかが本番までの課題でしょう。
 個人的には若手指導者の育成を図り、私は少しずつ現場から身をひいて新たな人材に任せたい、その時期をいつにすべきか思案中です。今の大学駅伝の監督のほとんどは私よりずっと若いし、選手や後進の指導者自身の成長のためにも、今のポストに長くいるべきではないと考えています。

 普段は、大学総務課職員として勤務して、その合間には有望な高校陸上選手のスカウトで全国を回っています。
 忙しい中での楽しみは、歴史小説を読むこと。出張の際も文庫本を鞄にしのばせています。監督業の面でも勉強になり、いい言葉を見つけると書き留めておいて学生の前で話すこともあります。特に司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」は、指導体制づくりに大いに参考になりました。

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 私にとってふるさととは、大洲の山奥で六人兄姉の末っ子に生まれ、しかも小学生の時に肺水腫という大病を患ったこともあって、家族みんなが「まあ一人くらいなら」と何でも自由にさせてくれました。あの田舎で過ごした日々は貴重な経験だし、今の自分を築いたルーツ。だから東京生活が長くなった今も、やはりふるさとは何かにつけ一番気になる存在ですね。自分の定年も見えてきた年齢となった最近は、正直、望郷の念が強いです。

 人は誰でも、何かに出会って転機というものが訪れます。それがどんな縁となるかは予測がつきませんが、それを生かすも殺すも自分次第。だからどんな出会いも大切にしてください。
 それと近頃、他人のことは全く考えず、自分のエゴを通すことだけに腐心する人が増えている。その点、この西伊予の人たちの伝統的な情の厚さは誇りにできるし、私が今の仕事で信頼をいただけたのは、そんな地で育ったことも一因と思っています。故郷の皆さんのお人柄そのままに、自信を持って生きていただきたいです。

(平成16年9月/広域情報誌掲載【インタビューにて】)

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